相談の場で「スペースが足りないので抜歯が必要です」と説明を受けた。理由としては筋が通っているけれど、健康な歯を抜くという判断には至らない。そういう状態で調べ始める方は少なくありません。
引っかかりの正体は、多くの場合ひとつです。「足りない」という言葉に量が伴っていないこと。少し足りないのか、大きく足りないのか。少しなら削ったり広げたりして何とかならないのか。ここが空白だと、結論だけを受け取ることになります。
矯正では、この不足を実際に数値で測ります。そして不足量に応じて、抜歯を含めるかどうかの方向が決まります。抜歯以外でスペースを作る方法にも、それぞれ作れる量に上限があります。
この記事では、不足量をどう測るのか、どのくらいの量がどの判断に対応するのか、そして抜歯以外の方法では届かなくなるのはどういう場合かを順に見ていきます。抜くべきかどうかを論じるものではなく、判断がどう組み立てられているかを追う内容です。
抜歯が必要になる理由は「場所が足りない」こと
理由は大きく2つに分かれます。
歯を並べる場所が足りない
歯が重なったりねじれたりしている状態を叢生といいます。顎の大きさに対して歯が並びきらず、はみ出した歯が前後にずれている状態です。この場合、並べるための横幅が足りていません。
前歯を後ろに下げる場所が要る
前歯が前に出ている、口元が突き出して見えるという状態では、歯を並べること自体は足りていても、前歯を後ろに動かすための場所が要ります。並べる場所と、下げる場所は別のものです。
口元の突出については口ゴボは歯科矯正でなおすべき?原因や治療するメリットを解説で扱っています。
2つは重なることもある
叢生と前突が同時にある場合、必要な量はさらに大きくなります。どちらの理由でスペースが要るのかによって、必要な量も、抜く位置の考え方も変わってきます。
「どのくらい足りないか」を測る
ここからが本題です。不足は感覚ではなく数値で扱われます。
必要な長さと使える長さの差を出す
歯を並べるのに必要な長さと、実際に使える歯列の長さ。この2つの差が、不足量にあたります。専門的にはアーチレングスディスクレパンシーと呼ばれ、歯列の長さの過不足を表す指標です。
歯の型を取って作った模型の上で、一本ずつの幅を測り、それを並べるのに必要な長さを算出します。そのうえで、実際の歯列が持っている長さと比べます。
骨格と歯の傾きも評価する
模型だけでは足りません。セファロと呼ばれる規格化されたエックス線写真を撮り、顎の骨の前後関係と、歯が生えている角度(歯軸の傾き)を計測します。
たとえば前歯が前に傾いて生えている場合、それを起こして正しい角度に戻すだけでも場所が要ります。骨格の前後関係にずれがあれば、その分も考慮されます。つまり見た目のガタつきの大きさだけでは、必要な量は決まりません。
両方を合わせて必要量を出す
模型から得た不足量と、セファロ分析から得た情報を合わせて、最終的に必要な量が算出されます。ここではじめて「どのくらい足りないか」が数字として出てきます。
なお、この計測は検査を経て行われるものです。鏡を見て自分で見当をつけられる性質のものではありません。
不足量による目安
算出された不足量は、おおよそ次のように扱われます。
| 不足量 | 一般的な扱い |
|---|---|
| 4mm以下(軽度) | 抜かない方向が基本 |
| 5〜9mm(中等度) | 抜歯・非抜歯のどちらも成り立つ |
| 10mm以上(重度) | 抜歯が選ばれることが多い |
4mm以下の場合
不足が小さい範囲では、抜歯をせずに対応する方向が基本とされます。後述する方法でスペースを作れば足りるためです。
ただし例外もあります。前歯の突出が強い場合や、噛み合わせの深さなど上下方向の問題がある場合には、この範囲でも抜歯が検討されることがあります。
5〜9mmの場合
ここが判断の分かれる帯域です。抜歯を含める方針も、抜歯をしない方針も、どちらも成り立ちます。
決め手になるのは、前歯を最終的にどの位置に置くかという方針です。前歯を後ろに下げたいのか、現在の位置を保ちたいのか。あわせて、歯を支えている骨や歯ぐきの状態、口元の見え方の希望も判断に入ります。
10mm以上の場合
不足が大きい範囲では、抜歯によってまとまった場所を作る方向が選ばれることが多くなります。後述するとおり、抜歯以外の方法では作れる量に限りがあるためです。
あくまで一般的な目安
ここに挙げた数値は、一般的に示される目安です。実際の判断は、検査で得た数値と歯並びの状態、そして治療方針を合わせて行われます。自分がどの範囲に入るかは、検査を受けて説明を聞くことになります。
抜歯以外でスペースを作る方法と、その上限
「削るなり広げるなりで何とかならないのか」という疑問への答えが、ここにあります。抜歯以外の方法は確かにあります。ただし、それぞれ作れる量に上限があります。
| 方法 | 概要 | 作れる量の性質 |
|---|---|---|
| 歯の側面を削る(IPR) | 歯と歯の間のエナメル質をわずかに削る | 1ヶ所あたりの量が小さく、総量に限りがある |
| 奥歯を後ろへ動かす | 歯列全体を後方にずらして場所を作る | 動かせる範囲に限りがある |
| 歯列を広げる | 歯列の幅を外側に広げる | 顎の骨の幅に制約される |
歯の側面を削る
歯と歯の間のエナメル質をごくわずかに削り、幅を詰める方法です。1ヶ所1回あたり最大0.5mm程度とされており、削れる量は限られています。複数箇所で行えば合計はある程度になりますが、無制限に増やせるものではありません。
奥歯を後ろへ動かす
歯列を後方にずらすことで、前方に場所を作る方法です。ただし奥歯の後ろには顎の骨の端があり、親知らずが埋まっている場合もあります。動かせる範囲は解剖学的に決まっています。
歯列を広げる
歯列の幅を外側に広げる方法です。これも骨の幅という制約があります。歯を支えている骨から外れる位置まで動かすことはできません。
組み合わせても届かない場合がある
ここが結論にあたる部分です。3つの方法はいずれも、作れる量に上限があります。そして上限は歯並びや骨の状態によって決まるもので、意欲や努力で伸ばせるものではありません。
不足量が小さければ、これらの組み合わせで足ります。しかし不足が大きくなると、すべてを使っても必要な量に届かないという状況が生じます。そのときに、まとまった場所を確保できる手段として抜歯が候補になります。
つまり抜歯が選ばれるのは、他の方法を検討しなかったからではなく、検討したうえで量が足りないと分かったからという順序です。
目安の数値と、この上限は対応している
先ほどの「4mm以下なら抜かない方向」という目安と、ここで見た上限は無関係ではありません。歯の側面を削る方法と歯列を広げる方法を組み合わせて現実的に作れる量が、おおよそその程度の範囲に収まるためです。
同じように、10mm以上で抜歯が選ばれやすいのは、抜歯なら一度にまとまった量を確保できるからです。抜歯の対象になりやすい第一小臼歯は、前後方向の幅が平均8.2mmとされています。左右で2本抜けば、その分の場所がまとめて生まれる計算になります。数値の目安は経験則として示されているだけでなく、それぞれの手段が作れる量と対応しています。
この対応関係が見えると、「なぜその数字が境目なのか」も理解しやすくなります。
自分の場合はどのくらい不足していて、どの方法で対応できるのか。これは検査を受けて計測してはじめて分かります。診察料・検査料が無料であれば、費用をかけずに確認できます。
医院によって方針が分かれることがある理由
別の医院で相談したら違うことを言われた、という話があります。これには理由があります。
分かれるのは中間の帯域
前述のとおり、不足量が5〜9mm程度の範囲では、抜歯を含める方針も含めない方針もどちらも成り立ちます。同じ計測結果から、異なる方針が導かれうる帯域が存在するということです。
前歯をどこに置くかという判断が入る
この帯域で方針を分けるのは、主に前歯の最終的な位置をどう設定するかという考え方です。口元をより後ろに置くことを重視するか、現在の位置を保つことを重視するか。ここには治療の目標設定が関わります。
意見の違いは誤りを意味しない
したがって、医院によって説明が違ったとしても、どちらかが間違っているとは限りません。判断の幅がある領域では、方針の違いとして現れます。
納得できない場合に有効なのは、どちらが正しいかを判定しようとすることではなく、それぞれの方針で前歯がどの位置に落ち着くのか、その理由は何かを聞くことです。根拠を聞けば、自分がどちらを望むかで選べます。
医院選びの考え方については矯正歯科のおすすめは人によって違う|自分の条件から選ぶ手順を解説にまとめています。
抜歯を選んだ場合に起きること
理由が分かったところで、実際に抜歯を含める場合の話にも触れておきます。
どの歯を何本、いつ抜くか
対象になりやすい歯や本数、抜くタイミングは症例によって変わります。抜歯した日に装置を着けるわけではないことなど、進み方には決まった流れがあります。詳しくは抜歯矯正はどの歯を抜く?本数・タイミング・その後の流れを解説にまとめています。
口元の見え方の変化
前歯を後ろに下げると、口元の見え方が変わります。この変化については抜歯矯正で口元が引っ込みすぎるのは起こる?で扱っています。
費用の扱い
矯正のための抜歯は自費診療の扱いになるのが一般的です。矯正の治療費に含まれるかどうかは医院によって異なります。目安については抜歯の費用はいくらかかる?自己負担額の目安を紹介をご覧ください。
装置による違いはあるか
使う装置によって抜歯の要否が変わるのか、という点も確認しておきます。
要否は歯並びの状態で決まる
抜歯が必要かどうかは、不足量という歯並び側の条件で決まります。ワイヤー矯正だから抜歯、マウスピース矯正だから非抜歯、という決まり方はしません。
ただし抜歯を伴う移動の難度は装置で変わる
一方で、抜歯によってできた場所へ歯を動かす工程は、装置によって難度が変わります。移動する距離が大きくなるためです。マウスピース矯正で対応が難しいケースについてはマウスピース矯正ができない6つの症例!対処法や治療方法もご紹介にまとめています。
当院の進め方
マウスピース矯正 Oh my teeth では、診察料・検査料は無料です。検査のうえで治療計画を立て、3Dシミュレーションで治療後の歯並びを確認できます。抜歯が必要かどうか、必要ならどのような計画になるかも、この段階で説明を受けられます。
歯を動かす期間は治療範囲によって変わり、後戻りを防ぐ保定期間は別に必要です。
自由診療に関する注記
マウスピース型矯正装置による歯列矯正は自由診療(保険適用外)です。マウスピース矯正 Oh my teeth の標準的な費用はLiteプラン 150,000円(税込・平均約2ヶ月)、Basicプラン 330,000円(税込・平均約3ヶ月)、Proプラン 660,000円(税込・平均約6ヶ月)です。記載の期間は歯を動かす矯正期間であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。主なリスク・副作用として、歯の痛みや違和感、歯根吸収、歯ぐきの退縮に伴うブラックトライアングル(歯と歯の間の隙間)などが生じる場合があります。IPRを行う場合はエナメル質を削るため、知覚過敏が生じることがあります。重度の歯周病や顎関節症のある方、骨格性の不正咬合が強い方などは治療をお受けいただけない場合があります。なおLiteプランには安心保証制度・ワイヤー補償は付帯しません(Basic・Proプランのみ)。
よくある質問
Q. 自分の不足量は自分で測れますか?
測れません。歯の幅を一本ずつ計測し、歯列の長さと比べる作業に加えて、エックス線写真から骨格と歯の傾きを評価する必要があります。鏡で見て重なりの程度が分かっても、そこから量は算出できません。
Q. 抜歯を断ることはできますか?
治療方針は説明を受けたうえで決めるものなので、希望を伝えることはできます。ただし不足量が大きい場合、抜歯をしない前提では対応できる範囲が変わります。どこまでが可能で、どこからが難しいのかを聞いたうえで判断することになります。希望がある場合は、相談の早い段階で伝えておくと計画を立てやすくなります。
Q. 親知らずを抜けば足りませんか?
親知らずは歯列のいちばん奥にあるため、抜いてもその場所が前歯側のスペースになるわけではありません。ただし奥歯を後ろへ動かす計画では、親知らずの有無が関係することがあります。抜歯の判断は矯正のスペース確保とは別の観点で行われるのが一般的です。
Q. 治療の途中で抜歯が必要になることはありますか?
計画は検査に基づいて立てられますが、歯の動き方には個人差があります。進み具合によって計画を見直す場合があり、その過程で方針が変わることはありえます。気になる場合は、どういう条件で見直しが入るのかを事前に聞いておくとよいでしょう。
まとめ
矯正で抜歯が必要になるのは、歯を並べる場所、あるいは前歯を後ろに下げる場所が足りないためです。そしてこの「足りない」は感覚ではなく、模型とエックス線写真の分析によって量として算出されます。
一般的な目安として、不足が4mm以下なら抜かない方向、10mm以上なら抜く方向、5〜9mmはどちらも成り立つ帯域とされています。中間の帯域で医院によって方針が分かれることがあるのは、この幅があるためです。
歯の側面を削る、奥歯を後ろへ動かす、歯列を広げるという方法にはそれぞれ上限があり、不足が大きいと組み合わせても届きません。抜歯が候補になるのは、他の方法を検討しなかったからではなく、検討したうえで量が足りないと分かった場合です。
自分の不足量がどのくらいかは、検査を受けて計測してはじめて分かります。数字が出れば、なぜその結論になるのかを自分で追えるようになります。
出典
- 抜歯矯正と非抜歯矯正の判断基準|歯列スペースを確保する4つの方法(志木駅前歯医者・コスモクリニック)
- アーチレングスディスクレパンシーとは?わかりやすく解説(新宿セントラルパーク歯科)
- 抜歯矯正で歯を抜く、抜かないの判断基準とは?矯正医が解説(スマイルアクセス矯正歯科)
- 歯列矯正治療における抜歯の必要性は?(アラインクチュールデンタルオフィス)
- 第一大臼歯、第二大臼歯(奥歯)の抜歯矯正治療(まきの歯列矯正クリニック)(第一小臼歯の近遠心幅径 平均8.2mm)

