噛み合わせが深い状態(過蓋咬合)の治療について調べていると、「治すとしゃくれる」「顔が伸びる」といった記述が出てきます。多くの記事は「下顎が本来の位置に戻るだけなので心配ありません」と結んでいますが、なぜ本来の位置にいなかったのかまでは書かれていないことが少なくありません。
まず整理しておきたいのは、語られている変化が1つではないということです。「あごが出てきた」と感じる変化と、「顔が長くなった」と感じる変化は、方向も原因も別のものです。これが混ざったまま説明されているため、分かりにくくなっています。
この記事では、2つを分けたうえで、それぞれ何が起きているのかを見ていきます。
「しゃくれる」という言葉が指しているもの
上下の前歯の関係が逆転している状態
一般に「しゃくれ」と呼ばれるのは、下の前歯が上の前歯より前に出ている状態です。歯科では反対咬合と呼ばれます。横から見たときに下顎の先が前方に位置し、輪郭にも影響します。
この状態の原因や治療については、以下の記事で扱っています。
過蓋咬合はその逆の状態
一方、過蓋咬合は上の前歯が下の前歯を深く覆っている状態です。上下の関係で言えば、しゃくれとは反対側に位置します。
深い状態を浅くする治療で、逆転した状態が作られるわけではない
ここが最初の整理点です。過蓋咬合の治療で目指すのは、上下の前歯が適切な量で重なっている状態であり、上下の関係を逆転させることではありません。
深すぎる重なりを適切な範囲まで浅くする。これが治療の方向であって、その先の「逆転」まで進めるものではありません。
「しゃくれて見える」と「しゃくれている」は別
とはいえ、治療の前後であごの見え方が変わることはあります。ここで起きているのは、上下の前歯の関係が逆転したということではなく、あごの位置が変わったことによる見え方の変化です。
状態の話と、見え方の話は分けて考える必要があります。
語られている変化は2種類ある
治療後の変化として語られているものを整理すると、次の2つに分かれます。
| 感じ方 | 方向 | 何が起きているか |
|---|---|---|
| あごが出てきた | 前後 | 下顎が前へ出られるようになった |
| 顔が長くなった | 上下 | 噛み合わせの高さが変わった |
原因も方向も違う
同じ「顔が変わった」という言葉でまとめられていますが、片方は下顎の前後の位置の話、もう片方は上下の高さの話です。関係のない別の現象と考えたほうが理解しやすくなります。
どちらが起きるかは治療方針による
深い噛み合わせをどう浅くするかには複数の手段があり、どの手段を使うかによって、どちらの変化が生じやすいかも変わります。手段は、なぜ深くなっているかという原因から選ばれます。
両方が同時に起きることもある
前後と上下は排他的なものではありません。治療内容によっては、両方の変化が同時に生じることもあります。
前後方向|下顎が前に出られるようになる
深い噛み合わせでは、下顎が前へ動きにくい
ここが上位の説明で抜けている部分です。
上の前歯が下の前歯を深く覆っていると、下顎を前へ出そうとしたときに、上の前歯が物理的な壁になります。下の前歯が上の前歯の内側に深く入り込んでいるため、前方へ滑り出す動きが妨げられるのです。
その結果、下顎は後ろ寄りの位置で噛む状態に置かれている
前へ出られない状態が続くと、噛む位置そのものが後ろ寄りに固定されます。本来収まるはずの位置よりも、後方に押し込まれた状態です。
「本来の位置にいなかった」というのは、こういう状態を指しています。骨の形が変わっていたのではなく、歯の重なり方によって位置が制限されていたということです。
深さが浅くなると、その制限が外れる
治療によって前歯の重なりが浅くなると、上の前歯が壁として働かなくなります。すると下顎は前方へ出られるようになり、噛む位置が前寄りに変わります。
これは「下顎が前突した」のではない
重要なのはここです。下顎の骨が伸びたわけでも、前方に成長したわけでもありません。押さえられていた位置の制限が外れて、動ける範囲に収まったということです。
外から見える結果としては「あごが前に出た」ように映りますが、起きていることは位置の解放であって、骨格の変化ではありません。
本人の感覚としては「あごが出てきた」になる
とはいえ、鏡で見る側にとっては輪郭の変化です。見慣れた自分の横顔が変われば、それを「あごが出た」と表現するのは自然なことです。
説明として正確なのは「制限が外れた」ですが、感覚として「出てきた」と感じることは矛盾しません。両方が同じ現象の別の側面です。
上下方向|噛み合わせの高さが変わる
奥歯の高さを上げるという手段がある
深い噛み合わせを浅くする方法はひとつではありません。前歯の側で調整する方法もあれば、奥歯の高さを上げることで前歯の重なりを浅くする方法もあります。
どの手段が選ばれるかは、なぜ深くなっているかによります。歯の動かし方については、以下の記事で扱っています。
奥歯の高さが変わると、上下の顎の間の距離が変わる
奥歯は、上下の顎の間隔を支える柱のような役割を持っています。その高さが変われば、噛んだときの上下の顎の距離も変わります。
この距離は、顔の下側の長さに関わっています。
その結果、顔が長くなったと感じられることがある
上下の距離が広がると、顔の下側が縦に長くなったように感じられることがあります。「顔が伸びる」と表現されているのは、この変化です。
前後方向の変化とは原因が別
こちらは高さの話であり、下顎が前へ出られるようになるという位置の話とは別の現象です。同じ「顔の変化」として並べられていることが多いのですが、由来している場所が違います。
どの手段を使うかは、深くなっている原因による
前歯の傾きが原因の場合と、奥歯の高さが足りないことが原因の場合とでは、取られる方針が変わります。方針が決まってはじめて、どちらの変化が生じやすいかも見えてきます。
自分の噛み合わせがどういう状態なのかは、検査を受けることで分かります。当院では診察料・検査料が無料です。
もともとの骨格が隠れていた場合
ここまでは、治療によって生じる変化の話でした。もうひとつ、性質の違う話があります。
骨格には個人差がある
下顎の大きさや、上顎に対する前後の位置関係は人によって違います。これは歯並びとは別の、骨そのものの特徴です。
深い噛み合わせが、その特徴を覆い隠していることがある
下顎が後ろ寄りの位置に固定されている状態では、骨格としての特徴が表に出てきません。下顎がやや大きめ、あるいは前方寄りの傾向を持っていたとしても、噛み合わせの深さがそれを抑え込んでいる形になります。
治療で制限が外れると、もとからあった特徴が見えるようになる
深さが浅くなって下顎が前へ出られるようになると、それまで隠れていた骨格の傾向が、輪郭として現れることがあります。
このとき起きているのは、治療によって新しく作られた変化ではありません。もとから持っていた特徴が、見える状態になったということです。
だから治療前に骨格が評価される
検査で見られているのは、歯の位置だけではありません。顎の骨の前後関係や大きさも、数値として測られます。これは、治療後にどういう見え方になりうるかを事前に評価するためでもあります。
治療内容がどの段階で何によって決まるかについては、以下の記事で整理しています。
骨格の要因が大きい場合は、方針そのものが変わる
骨格の側に要因が大きくある場合、歯を動かすだけでは対応が難しいことがあります。その場合は治療方針が変わり、選択肢も変わってきます。どの程度かは検査を経なければ分かりません。
どのくらい変わるかは事前に分かるのか
歯がどう動くかは、治療計画の段階で示される
どの歯をどれだけ動かすかは、検査データをもとに治療計画として組み立てられます。契約の前に、その内容を確認することができます。
⚠️ ただしシミュレーションは歯並びのもの
ここは正確に押さえておく必要があります。3Dのシミュレーションで確認できるのは歯並びの変化であり、顔全体がどう見えるようになるかを予測するものではありません。
歯の位置が分かれば顔の見え方が決まる、という関係にはなっていません。
顎の位置の変化は、検査データから評価される部分がある
一方で、顎の骨の前後関係はレントゲンなどで数値として測られます。下顎がどのくらい後方に位置しているかは、治療前に把握できる情報です。
見え方そのものを断定はできませんが、評価の材料はあります。
見え方の希望も、判断の材料として扱われる
「噛み合わせは治したいが、顔の見え方はできるだけ変えたくない」というのは自然な考え方です。これは条件として伝えてよいものです。
方針が組み上がってからでは調整できる範囲が狭くなるため、手段を選ぶ段階までに共有されているほうが反映されやすくなります。
感じ方には個人差がある
同じ程度の変化でも、受け止め方は人によって違います。他の人が気にならなかったから自分も気にならない、とは限りません。気になる場合は、その感覚を含めて相談してよいものです。
顔の見え方の変化全般については、以下の記事で扱っています。
骨格を含めて評価してもらうには
噛み合わせが深いかどうか、そしてその原因が歯にあるのか骨格にあるのかは、外から見て判断できるものではありません。
当院では口腔内をスキャンしたうえで状態を確認し、歯を動かした場合の歯並びを3Dのシミュレーションで見ていただけます。これは歯並びのシミュレーションであり、顔全体の変化を示すものではありません。診察料・検査料は無料です。
なお、噛み合わせが深い状態は、装置の構造上マウスピース矯正では難しいとされる場合があります。その理由と対応の方法は噛み合わせが深いとマウスピース矯正は難しい?理由を装置の構造から解説にまとめています。
自由診療に関する注記
マウスピース型矯正装置による歯列矯正は自由診療(保険適用外)です。マウスピース矯正 Oh my teeth の標準的な費用はLiteプラン 150,000円(税込・平均約2ヶ月)、Basicプラン 330,000円(税込・平均約3ヶ月)、Proプラン 660,000円(税込・平均約6ヶ月)です。記載の期間は歯を動かす矯正期間であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。主なリスク・副作用として、歯の痛みや違和感、歯根吸収、歯ぐきの退縮に伴うブラックトライアングル(歯と歯の間の隙間)などが生じる場合があります。IPRを行う場合はエナメル質を削るため、知覚過敏が生じることがあります。重度の歯周病や顎関節症のある方、骨格性の不正咬合が強い方などは治療をお受けいただけない場合があります。なおLiteプランには安心保証制度・ワイヤー補償は付帯しません(Basic・Proプランのみ)。
よくある質問
Q. 治療すると、あごが出て見えるようになりますか。
A. そう決まっているわけではありません。どのくらい下顎が後方に位置しているか、どの手段で深さを浅くするかによって変わります。もともとの制限が小さければ、変化も小さくなります。検査を経て治療方針が決まる段階で、評価の材料が出てきます。
Q. 顔の見え方を変えたくない場合、治療しないほうがいいですか。
A. これは記事で判断できるものではありません。深い噛み合わせを治療する目的は、噛み合わせの側にあります。前歯の当たり方や顎への負担といった点をどう考えるかと、見え方の希望をどう扱うかは、分けて整理したうえで担当の歯科医師と相談してください。
Q. しゃくれた状態(反対咬合)になることはありますか。
A. 治療で目指すのは上下の前歯が適切な量で重なっている状態であり、上下の関係を逆転させることではありません。ただし、もともと骨格的に下顎が前方寄りの傾向を持っていた場合、それが見えるようになることはあります。この場合は治療で作られた状態ではなく、事前の検査で評価される部分です。
Q. どのくらいの期間で変化が出ますか。
A. 動かす量と治療方針によって変わります。噛み合わせの深さは治療の全期間を通じて変化していくため、ある時点で急に変わるというものではありません。なお、案内される治療期間には歯を動かす期間が示されており、後戻りを防ぐ保定期間は別に必要です。
まとめ
過蓋咬合の治療で語られる顔の変化は、方向の違う2つの現象に分かれます。
- 前後方向 — 深い噛み合わせでは上の前歯が壁になり、下顎が前へ出られない状態に置かれている。深さが浅くなると制限が外れ、下顎が前寄りの位置で噛むようになる
- 上下方向 — 奥歯の高さを上げる手段を使った場合、上下の顎の距離が変わり、顔の下側が長く感じられることがある
- 前者は「下顎が前突した」のではなく「押さえられていた位置が解かれた」。骨が伸びたわけではない
- 治療で上下の関係が逆転する(しゃくれた状態になる)わけではない
- もともとの骨格の特徴が隠れていた場合、それが見えるようになることはある。これは治療で作られた変化ではなく、事前の検査で評価される部分
どの変化がどの程度生じるかは、深くなっている原因と、選ばれる方針によって変わります。外から見て判断できるものではないため、検査を経て評価される部分になります。
出典
- 過蓋咬合を治すとしゃくれる?「顔が変わる」不安の正体と矯正の考え方(東京表参道矯正歯科)
- 過蓋咬合を治すとしゃくれる?顔が伸びる?治療と顎の変化を解説します(矯正歯科ピュアリオ)
- 過蓋咬合(深い咬み合わせ)の矯正治療(静岡磐田矯正歯科)
- 【難しい】過蓋咬合の矯正歯科治療(まきの歯列矯正クリニック)
- 深い噛み合わせの過蓋咬合、矯正でどこまで治せる?(東京日本橋エムアンドアソシエイツ矯正歯科)

