歯列矯正は原則として公的医療保険の対象外ですが、例外として保険が使える場合があります。ただしその条件は3つに限られており、いずれも「なぜその咬合異常が生じたか」という原因を問う形をしています。
ここが誤解されやすいところです。歯並びの乱れがどれだけ大きくても、原因が条件に当たらなければ対象になりません。逆に、見た目としては軽く見える場合でも該当することがあります。重症度で判定される制度ではないということです。
なお当院は、マウスピース矯正を行っている矯正歯科です。保険適用の矯正歯科治療は行っていません。この記事は制度の内容を整理するもので、当院での治療を勧めるためのものではありません。
保険が使えるのは3つの場合に限られる
公益社団法人 日本矯正歯科学会は、矯正歯科治療が保険診療の適用になる場合として次の3つを示しています。
①「別に厚生労働大臣が定める疾患」に起因した咬合異常に対する矯正歯科治療
②「前歯及び小臼歯の永久歯のうち3歯以上の萌出不全に起因した咬合異常(埋伏歯開窓術を必要とするものに限る。)に対する矯正歯科治療」
③「顎変形症(顎離断等の手術を必要とするものに限る)の手術前・後の矯正歯科治療」
短い文ですが、それぞれに限定が付いています。順に見ていきます。
①は、定められた疾患に起因する場合
厚生労働省が定めた先天性の疾患があり、それが原因で噛み合わせに異常が生じている場合が対象になります。
同学会のページに掲載されている疾患は、2024年10月時点で66項目です。唇顎口蓋裂、ダウン症候群、マルファン症候群、6歯以上の先天性部分無歯症などが含まれます。
対象となる疾患は制度の改定によって追加されることがあり、時点によって数が変わります。確認するときは最新の情報を見る必要があります。
②は、永久歯が生えてこない場合
前歯と小臼歯の永久歯のうち、3歯以上が生えてこない(萌出不全)ことが原因で噛み合わせに異常が生じている場合です。
ここには「埋伏歯開窓術を必要とするものに限る」という限定が付いています。埋伏歯開窓術は、歯ぐきの中に埋まったままの歯を出すための処置です。つまり、単に生えてこないというだけでなく、その処置を要する状態であることが条件になっています。
③は、顎変形症で手術を行う場合
顎の骨の位置や形の問題によって噛み合わせに異常が生じている状態を顎変形症といいます。この場合、手術の前後に行う矯正治療が保険の対象になります。
ここにも「顎離断等の手術を必要とするものに限る」という限定が付いています。この点は後で詳しく見ます。
3つに共通しているのは「原因を問うている」こと
どれも「〜に起因した咬合異常」という形をしている
3つの条文を並べると、共通の構造が見えてきます。①は定められた疾患に起因した咬合異常、②は萌出不全に起因した咬合異常、③は顎変形症に対する手術の前後。
いずれも、噛み合わせの異常そのものではなく、それが生じた原因のほうを条件にしています。
だから、重度のガタつきでも対象にならない
歯が大きく重なっている、前歯が強く出ている、上下が噛み合っていない。こうした状態がどれだけ気になるものであっても、その原因が3つのどれにも当たらなければ、保険の対象にはなりません。
一般的な歯並びの乱れは、顎の大きさと歯の大きさのつり合いなど、複数の要因が重なって生じます。これは条文が指している原因には含まれていません。
逆に、見た目が軽くても該当することがある
反対に、外から見て大きく乱れているようには見えない場合でも、原因の側が条件に当たっていれば対象になりえます。
判定に使われているのは重症度の物差しではないため、見た目と適用の有無が一致しないことがあります。
「ひどければ保険が効く」という考え方が成り立たない理由
保険が使えるかどうかを調べるとき、自分の歯並びの状態と条件を照らし合わせようとすると、うまく当てはめられません。条件が見ているのは状態ではなく原因だからです。
考える順序としては、歯並びがどのくらい乱れているかではなく、その乱れの原因として診断されているものがあるかどうかが出発点になります。
①と②は、すでに指摘を受けていることが多い
もう1つ、考える手がかりになることがあります。①と②は、その時点までに歯科や医科で指摘を受けている場合が多いという点です。
①の対象は出生時から持っている疾患であり、②は永久歯が生えてこないという状態です。どちらも、乳歯から永久歯に生えかわる時期の歯科検診や治療のなかで把握されることが一般的です。大人になってから「実は当てはまっていた」と初めて分かる性質のものではないことが多くなります。
一方③は、顎の成長が終わったあとに評価されるため、成人してから診断を受けることがあります。成人の方が保険適用を調べている場合、関わりうるのは③であることが多いと言えます。
⚠️ ただしこれは一般的な傾向であり、例外はあります。気になる場合は、記事で判断せず検査を受けてください。
該当するかどうかは、診断を受けてはじめて分かる
自分が①〜③のどれかに当たるかどうかは、記事の情報だけでは判断できません。とくに②と③は検査を経た診断が前提になっており、画像や検査所見をもとに判断される部分です。
顎変形症は「手術を伴うこと」が条件
3つのなかで成人の方に関わることが多いのが③です。ここは限定の付き方が結果を大きく変えるため、分けて見ておきます。
診断名がつけば保険になる、ということではない
条文には「顎離断等の手術を必要とするものに限る」とあります。顎変形症と診断されたことだけをもって保険が適用されるわけではなく、手術を要する状態であることが条件に含まれています。
保険診療になるのは、手術を含む一連の流れ
外科手術を伴う矯正治療は、おおまかに次の順序で進みます。
- 術前の矯正 — 手術後に歯が正しく噛み合うよう、あらかじめ歯を並べておく
- 手術 — 顎の骨を切り、位置を動かして固定する
- 術後の矯正 — 移動した骨の位置に合わせて、噛み合わせを仕上げる
保険が適用されるのは、この一連の流れとして行われる矯正治療です。矯正だけを取り出して保険で受けることはできません。
手術は入院を伴う
顎の骨を動かす手術は、入院して行われます。矯正の費用だけでなく、手術や入院にかかる費用も生じます。期間としても、矯正だけを行う場合とは大きく変わります。
つまり「同じ治療が安くなる」のではない
ここが期待とずれやすい点です。保険が使えるということは、自由診療で受けるはずだった矯正治療がそのまま安くなるという意味ではありません。③の場合に受けることになるのは、外科手術を含む別の治療です。
保険の有無だけを比べるのではなく、何を受けることになるのかを合わせて見ておく必要があります。
骨格に原因がある場合、マウスピース矯正では対応できないことがある
なお、噛み合わせの問題が骨格に由来している場合、歯を動かす治療だけでは限界があります。当院が提供しているマウスピース矯正でも、対応できない場合があります。
条件に当てはまっても、医院に届出がなければ受けられない
条件の話だけで終わると、もう1つの関門が見えません。
保険で行えるのは、届け出た保険医療機関のみ
保険適用の矯正歯科治療を行えるのは、厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして、地方厚生(支)局長に届け出た保険医療機関に限られます。
つまり、患者側の条件と、医院側の届出の両方がそろってはじめて保険診療になります。
必要な届出は2種類に分かれる
さらに、必要な届出は1つではありません。どの条件に当たるかによって、必要な施設基準が変わります。
| 施設基準 | 対応する条件 | 主な要件 |
|---|---|---|
| 歯科矯正診断料 | ①定められた疾患/②永久歯の萌出不全 | 当該療養の経験を5年以上有する専任の常勤歯科医師が1名以上 |
| 顎口腔機能診断料 | ③顎変形症(手術を伴う矯正) | 下顎運動検査・歯科矯正セファログラム・咀嚼筋筋電図検査が行える機器/専任の常勤歯科医師と、専従の常勤看護師または歯科衛生士が各1名以上/医科との連携体制 |
顎口腔機能診断料の施設基準は要件が重い
表のとおり、③に対応する届出のほうが要件は多くなっています。専用の検査機器と人員、そして手術を担う医科との連携体制まで求められます。
これは、③が外科手術を含む治療であり、その前後の機能評価が必要になるためです。
どの矯正歯科でも受けられるわけではない
以上から、条件に当てはまっていたとしても、通いやすい場所にある矯正歯科でそのまま保険診療を受けられるとは限りません。該当する届出のある医療機関を探すところから始まります。
自分の歯並びがどういう状態にあるのかを知りたい場合は、まず検査を受けるという入口があります。
届出のある医療機関を調べる方法
地方厚生局が名簿を公開している
施設基準の届出を受理された医療機関は、地方厚生局のウェブサイトで「施設基準届出受理医療機関名簿」として公開されています。大阪府は近畿厚生局の管轄です。
医療機関の名称と、受理された施設基準の種類が掲載されているため、該当の届出があるかどうかを事前に調べられます。
どの施設基準で探せばよいか
探すときは、自分が該当しうる条件に対応する施設基準を見ます。①または②であれば歯科矯正診断料、③であれば顎口腔機能診断料です。
医院のサイトに記載されていることもある
保険診療に対応している医療機関では、その旨をウェブサイトに掲載していることがあります。名簿と合わせて確認できます。
名簿が示しているのは届出の有無
ひとつ注意しておくと、名簿は施設基準の届出があることを示すものであり、治療の内容や結果を保証するものではありません。該当するかどうかの診断も、実際に受診したうえで行われます。
自己負担はどうなるか
保険診療の自己負担割合
保険が適用される場合、窓口での自己負担は一般に3割です。義務教育就学前は2割、70歳以上は所得に応じて1〜2割となります。これは矯正に限らず、保険診療に共通する仕組みです。
手術・入院を伴う場合、その費用は別に生じる
③に該当する場合、費用は矯正治療の分だけではありません。手術や入院にかかる費用が加わります。
そのため、自由診療の矯正費用と単純に比べることはできません。同じものを比べているわけではないためです。
他の制度が関わることもある
保険診療で自己負担が一定額を超えた場合には高額療養費制度が関わるなど、他の仕組みが働くこともあります。適用の条件や手続きは制度ごとに異なるため、該当しうる場合は加入している健康保険の窓口で確認してください。
保険が使えない場合に関わる別の制度
保険の対象にならない場合でも、費用に関わる仕組みが別にあります。ここでは所在を示すにとどめます。
医療費控除は税のほうの制度
医療費控除は税の制度であり、公的医療保険の適用とは別のものです。自由診療で受けた矯正治療でも対象になる場合があります。対象となる費用や申請の手順については、以下の記事にまとめています。
一括で用意しなくてよい方法
分割払いやデンタルローンを使う方法もあります。審査の条件などは以下の記事で扱っています。
自由診療の費用相場
保険が使えない場合にどのくらいの費用がかかるのかは、以下の記事にまとめています。
自分の歯並びの状態を先に知る
繰り返しになりますが、当院は保険適用の矯正歯科治療を行っていません。マウスピース矯正は自由診療です。
そのうえで、自分の歯並びが今どういう状態にあるのかを知ることは、どの方向に進む場合でも出発点になります。当院では口腔内をスキャンし、歯を動かした場合の歯並びを3Dのシミュレーションで確認していただけます。診察料・検査料は無料です。
ただし、噛み合わせの問題が骨格に由来している場合、マウスピース矯正では対応できないことがあります。その場合は、対応できる治療を扱う医療機関での相談が必要になります。
自由診療に関する注記
マウスピース型矯正装置による歯列矯正は自由診療(保険適用外)です。マウスピース矯正 Oh my teeth の標準的な費用はLiteプラン 150,000円(税込・平均約2ヶ月)、Basicプラン 330,000円(税込・平均約3ヶ月)、Proプラン 660,000円(税込・平均約6ヶ月)です。記載の期間は歯を動かす矯正期間であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。主なリスク・副作用として、歯の痛みや違和感、歯根吸収、歯ぐきの退縮に伴うブラックトライアングル(歯と歯の間の隙間)などが生じる場合があります。IPRを行う場合はエナメル質を削るため、知覚過敏が生じることがあります。重度の歯周病や顎関節症のある方、骨格性の不正咬合が強い方などは治療をお受けいただけない場合があります。なおLiteプランには安心保証制度・ワイヤー補償は付帯しません(Basic・Proプランのみ)。
よくある質問
Q. 噛み合わせがかなり悪いのですが、保険の対象になりますか。
A. 噛み合わせの状態がどのくらい重いかでは決まりません。条件が問うているのは、その状態が生じた原因です。定められた疾患に起因するか、永久歯の萌出不全に起因するか、顎変形症で手術を要するか。この3つのいずれかに当たるかどうかで判断されます。該当するかどうかは検査と診断を経て判断される部分です。
Q. マウスピース矯正に保険は使えますか。
A. 使えません。マウスピース型の装置による矯正治療は自由診療です。なお保険適用の3つの条件に該当する場合は、届出のある医療機関での保険診療という選択肢があります。
Q. 子どもの矯正なら保険が使えますか。
A. 年齢では決まりません。条件は原因によるもので、子どもか大人かによる区別は設けられていません。ただし②の永久歯の萌出不全は、時期の性質上、子どものうちに関わることが多くなります。
Q. 顎変形症かどうかは、どこで分かりますか。
A. 検査と診断が必要です。顎の骨の位置関係は外から見て判断できるものではなく、レントゲンなどの検査を経て評価されます。保険診療として扱うには、該当の施設基準を届け出た医療機関である必要があります。
まとめ
歯列矯正に公的医療保険が使えるのは3つの場合に限られており、条件はいずれも咬合異常の原因を問うものです。
- ①定められた疾患に起因する場合/②前歯・小臼歯の永久歯3歯以上の萌出不全(埋伏歯開窓術を要するものに限る)/③顎変形症(顎離断等の手術を要するものに限る)の手術前後
- 歯並びの見た目がどれだけ重度かでは決まらない。逆に軽く見えても該当することがある
- ③は手術を伴うことが条件。診断名がつけば保険になる、ということではない
- 条件に当てはまっても、届出のある医療機関でなければ受けられない。必要な届出は該当条件によって2種類に分かれる
- 届出の有無は地方厚生局の名簿で調べられる
- 保険が使えることは「同じ治療が安くなる」ことを意味しない
該当するかどうかは検査と診断を経て判断されます。まずは自分の噛み合わせが何に由来しているのかを確認するところが出発点になります。
出典
- 矯正歯科治療が保険診療の適用になる場合とは(公益社団法人 日本矯正歯科学会)
- 歯科矯正診断料と顎口腔機能診断料の施設基準とは(広島中央矯正歯科)
- 歯列矯正が保険(公的医療保険)適用になる条件とは?(矯正歯科ネット)

