相談の場で「歯を抜く必要があります」と言われ、その場では返事を保留したまま帰ってきた。そういう状態の方は少なくありません。
虫歯があるわけでもない歯を抜くと聞けば、説明に筋が通っていても気持ちが追いつかないものです。ただ、受け止めきれない理由は説明の不足ではなく、その後に何が起きるのかが像として見えていないことにある場合が多くあります。どの歯が対象なのか、いつ抜くのか、抜けたところはどうなるのか。ここが空白だと、抜歯は治療の工程ではなく「歯を失う出来事」として立ち上がってしまいます。
この記事では、抜歯の対象になりやすい歯、本数のパターン、抜くタイミング、そしてすき間が閉じていくまでの流れを順に整理します。抜くべきかどうかを論じるものではなく、抜くとしたら何が起きるのかを見ていく内容です。
抜歯矯正とは
まず言葉の整理から始めます。
歯を並べるスペースを作るための抜歯
抜歯矯正とは、歯を並べるための場所を確保する目的で歯を抜き、そのうえで矯正治療を進める方法です。矯正のために行う抜歯は便宜抜歯と呼ばれます。
虫歯や歯周病で抜く場合とは目的が違う
虫歯や歯周病による抜歯は、その歯を残せないために行うものです。一方、矯正のための抜歯は、歯そのものに問題がなくても行います。歯を治すためではなく、他の歯を動かす場所を作るための処置という点が異なります。健康な歯を抜くことに抵抗を感じるのは、この違いによるものです。
抜歯が要るかどうかはスペースの量で決まる
顎の大きさに対して歯が並びきらない、あるいは前歯を後ろに下げる場所がない。こうした場合に、必要なスペースの量に応じて抜歯が検討されます。スペースを作る方法は抜歯だけではなく、歯の側面をわずかに削る方法や、奥歯を後ろに動かす方法もあります。どれを選ぶかは必要な量によって変わります。
抜歯の対象になりやすい歯
「4番目の歯を抜きます」と言われても、口の中のどこなのかはすぐには浮かびません。ここを具体的に見ていきます。
多くの場合は第一小臼歯
矯正のための抜歯で最も多く対象になるのは、前から数えて4番目にある第一小臼歯です。上下左右にそれぞれ1本ずつあります。
| 前からの位置 | 呼び方 | 抜歯の対象になるか |
|---|---|---|
| 1〜2番目 | 中切歯・側切歯(前歯) | 通常は対象にならない |
| 3番目 | 犬歯 | 通常は対象にならない |
| 4番目 | 第一小臼歯 | 最も多く対象になる |
| 5番目 | 第二小臼歯 | 対象になることがある |
| 6〜7番目 | 第一大臼歯・第二大臼歯 | 通常は対象にならない |
| 8番目 | 親知らず | 別の判断で抜くことがある |
なぜ4番目の歯なのか
理由は位置にあります。第一小臼歯は、見た目に関わりやすい前歯と、噛み合わせの土台になる奥歯の、ちょうど中間にあります。
ここが空くと、前歯を後ろに下げる移動にスペースを使えます。同時に、奥歯側の噛み合わせを整える調整にも使えます。前寄りの歯を抜けば前歯を下げるのには都合がよくても奥歯には届かず、奥寄りの歯を抜けば逆になります。中間にあることで、両方向に使えるという点が、この歯が選ばれやすい理由です。
犬歯が対象になりにくいのも位置の話で、噛み合わせの動きを導く役割があるためです。
第二小臼歯が対象になることもある
歯並びの状態や、必要なスペースの量によっては、5番目の第二小臼歯が選ばれることもあります。どの歯を抜くかは治療計画によって決まるもので、常に4番目とは限りません。
親知らずは別の扱い
8番目の親知らずは、矯正のスペースを作る目的というより、生え方や周囲への影響から抜歯を判断されることが多い歯です。矯正の便宜抜歯とは判断の筋道が異なります。
抜く本数のパターン
本数も一通りではありません。
上下左右で計4本が基本
最も一般的なのは、上下左右の第一小臼歯を1本ずつ、合わせて4本抜く方法です。左右のバランスを保ったままスペースを作れるため、標準的な形とされています。
上だけ、下だけの2本になることもある
上の前歯だけが前に出ている場合など、上の2本のみを抜くことがあります。逆に下だけの場合もあります。上下のどちらにスペースが必要かによって変わります。
1本や3本という奇数のこともある
奇数本の抜歯が選ばれることもあります。これは歯列の中心線、正中線の位置に関わる調整です。左右で歯の状態が違う場合や、中心がずれている場合に検討されます。数が揃っていないことが不自然なわけではなく、症例に合わせた選択です。
本数は症例によって決まる
以上のとおり本数には幅があります。何本になるかは、必要なスペースの量と歯並びの状態から治療計画として決まるもので、検査を受ける前に見当をつけられるものではありません。
抜歯のタイミングは症例によって変わる
「いつ抜くのか」は多くの方が気にする点ですが、ここは症例によって順序が変わります。
抜歯した日に装置は着けない
抜歯の直後は出血や痛み、腫れがあります。その状態で矯正装置を着けると、炎症が強まる可能性があります。そのため、抜歯から装置の装着までは7〜10日程度あけるのが目安とされています。抜いたその日に治療が始まるわけではありません。
歯の重なりが強い場合は先に抜く
歯が並びきらずに重なりが強い状態では、動かす場所がそもそもありません。この場合は先に抜歯してスペースを作り、それから歯を動かし始める流れになります。
前歯を下げる治療では、並べてから抜くことがある
一方、前歯が前に出ている状態を改善する治療では、順序が逆になることがあります。先に歯列を整えてから抜歯するため、抜歯の時期は矯正治療を始めてから3〜5ヶ月後になる場合があります。
これは、歯の並びを整えた段階で必要なスペースの量が確定するためです。先に抜いてしまうと、実際に必要な量と合わなくなることがあります。
「相談したらすぐ抜く」とは限らない
つまり、抜歯は治療の入口に固定された工程ではありません。治療計画のどの段階に置くかも含めて設計されます。抜歯の時期が気になる場合は、治療計画の説明を受けるときに確認しておくとよいでしょう。
抜歯が必要かどうか、必要ならどの歯を何本か。これは検査を受けて治療計画が立ってから決まります。診察料・検査料が無料であれば、費用をかけずに確かめられます。
抜歯した後のすき間はどうなるか
抜いた場所が空いたままになるのではないか、という不安はよく聞かれます。
すき間は歯を動かしながら閉じていく
抜歯でできたスペースは、そこへ歯を動かしていくために作られたものです。治療が進むにつれて、前後の歯が寄ってくることで少しずつ埋まっていきます。放置されるわけではなく、閉じていく過程そのものが治療です。
気にならなくなるまでの目安
見た目の面では、半年から1年ほどで気にならなくなることが多いとされています。完全に閉じきる時期とは別に、日常で意識しなくなる時期がこのあたりということです。感じ方には個人差があります。
見え方は抜いた位置によって変わる
4番目の歯は、口角よりやや内側に位置します。そのため、笑ったときに正面から見えやすい前歯を抜く場合と比べると、すき間は目立ちにくい位置にあります。とはいえ、口の開き方や笑い方によって見え方は変わります。
予定がある場合は開始時期を相談できる
就職活動や式など、人前に出る予定が決まっている場合は、その時期を伝えたうえで治療の開始時期を相談できます。抜歯からすき間が目立ちにくくなるまでの期間を踏まえて計画を組むことは、実際に行われている調整です。
抜歯矯正の期間と進み方
期間についても触れておきます。
非抜歯の場合より長くなる傾向がある
抜歯を伴う治療では、スペースを閉じるぶん歯を動かす距離が大きくなります。そのため、抜歯をしない治療と比べると期間は長くなる傾向があります。どのくらいかは、動かす距離と歯並びの状態によって幅があります。
保定期間は別に必要
歯を動かし終えたあとは、位置を保つための保定期間があります。ここまでで示した期間は歯を動かす期間であり、保定期間は含みません。
通院の回数も計画によって変わる
装置の種類と治療計画によって、通院の頻度は変わります。抜歯を伴う場合は、抜歯そのものの通院や経過の確認も加わります。
抜歯によって口元がどう変化するかについては抜歯矯正で口元が引っ込みすぎるのは起こる?で扱っています。横顔全体の見え方については矯正で横顔やEラインは変化する?変わりやすい症例を紹介にまとめています。
マウスピース矯正で抜歯矯正はできるか
装置との関係も整理しておきます。
対応できる場合がある
マウスピース矯正は前歯から奥歯まで動かすことができるため、抜歯を伴う移動にも対応できる場合があります。
難しいとされる理由は2つある
一方で、抜歯症例はマウスピース矯正にとって難度が上がるとされています。理由は主に2つです。
ひとつは、抜歯によって歯を動かす距離が大きくなること。特に歯ぐきの中にある歯根の移動量が大きくなります。もうひとつは、歯根のコントロールが装置の特性上難しいことです。マウスピースは歯の頭の部分を覆って力をかけるため、根の向きまで細かく制御するには工夫が要ります。
奥歯が倒れ込むことがある
実際に、上の小臼歯を2本抜いてマウスピース型の装置で治療した際に、奥歯が抜いたスペース側へ倒れ込んだという報告があります。倒れ込みが中程度以下であれば、ゴムかけを併用することで対応できる場合があるとされています。
装置は症例によって決まる
こうした事情から、抜歯を伴う症例ではワイヤー矯正が選ばれることや、装置を併用することもあります。当サイトはマウスピース矯正を扱っていますが、抜歯を伴う治療がマウスピース矯正だけで完結するとは限りません。どの装置が適しているかは、検査を経た治療計画のなかで判断されます。
マウスピース矯正で対応が難しいケースはマウスピース矯正ができない6つの症例!対処法や治療方法もご紹介に、装置ごとの違いは歯科矯正の種類をわかりやすく解説とインビザライン(マウスピース矯正)とワイヤー矯正どっちを選ぶ?にまとめています。
費用について
費用の扱いにも医院差があります。
便宜抜歯は自由診療の扱いになるのが一般的
矯正を目的とした抜歯は、病気の治療ではないため自由診療の扱いになるのが一般的です。虫歯などによる抜歯とは扱いが異なります。
矯正費用に含まれるかは医院による
抜歯の費用が矯正の治療費に含まれている場合と、別途かかる場合があります。また、抜歯を矯正歯科で行うか、提携する歯科医院で行うかによっても扱いが変わることがあります。見積もりを受け取るときに確認しておくと、総額の見通しが立ちます。
金額の目安については抜歯の費用はいくらかかる?自己負担額の目安を紹介にまとめています。
自由診療に関する注記
マウスピース型矯正装置による歯列矯正は自由診療(保険適用外)です。マウスピース矯正 Oh my teeth の標準的な費用はLiteプラン 150,000円(税込・平均約2ヶ月)、Basicプラン 330,000円(税込・平均約3ヶ月)、Proプラン 660,000円(税込・平均約6ヶ月)です。記載の期間は歯を動かす矯正期間であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。主なリスク・副作用として、歯の痛みや違和感、歯根吸収、歯ぐきの退縮に伴うブラックトライアングル(歯と歯の間の隙間)などが生じる場合があります。IPRを行う場合はエナメル質を削るため、知覚過敏が生じることがあります。重度の歯周病や顎関節症のある方、骨格性の不正咬合が強い方などは治療をお受けいただけない場合があります。なおLiteプランには安心保証制度・ワイヤー補償は付帯しません(Basic・Proプランのみ)。
よくある質問
Q. 抜歯をしない方法はありますか?
スペースを作る方法は抜歯だけではありません。歯の側面をわずかに削る方法や、奥歯を後ろに動かす方法もあり、必要なスペースが小さければこれらで対応できることがあります。ただし作れる量には限りがあるため、必要な量が大きい場合は抜歯が検討されます。どの方法が取れるかは、検査で必要な量を測ってから判断されます。希望がある場合は、その旨を伝えたうえで相談できます。
Q. 抜いた歯はもとに戻せますか?
抜いた歯を元の位置に戻すことは基本的にできません。だからこそ、抜歯を含む治療計画は検査の結果をもとに慎重に立てられます。説明を受けて納得できない点があれば、その場で決めずに持ち帰って構いません。
Q. 抜歯は何回かに分けて行いますか?
まとめて抜く場合と、複数回に分ける場合があります。片側ずつ行えば、反対側で噛めるため食事への影響を抑えられます。回数や順序は、体調や生活の都合も踏まえて相談できる部分です。
Q. 別の医院で意見を聞いてもよいですか?
問題ありません。矯正は自由診療であり、治療計画は医院によって異なります。抜歯の要否は治療方針に関わる大きな判断のため、別の説明を聞いたうえで決めることは一般的な進め方です。医院選びの考え方は矯正歯科のおすすめは人によって違う|自分の条件から選ぶ手順を解説にまとめています。
まとめ
抜歯矯正で対象になりやすいのは、前から4番目の第一小臼歯です。前歯と奥歯の中間にあり、前歯を下げる移動にも噛み合わせの調整にもスペースを使いやすい位置にあることが理由です。本数は上下左右の計4本が基本ですが、2本の場合も、奇数の場合もあります。
抜くタイミングは症例によって変わります。歯の重なりが強い場合は先に抜き、前歯を下げる治療では並べてから抜くこともあります。抜歯から装置の装着までは7〜10日程度あけるのが目安です。
抜いたすき間は歯を動かしながら閉じていき、半年から1年ほどで気にならなくなることが多いとされています。ただし、抜歯が必要かどうか、必要ならどの歯を何本かは、検査を受けて治療計画が立ってはじめて決まります。今の段階で見当をつけようとするより、確かめてから考えるほうが早く進みます。
出典
- 抜く歯はそこじゃない!矯正便宜抜歯の部位選択(巣鴨s歯科)
- 歯列矯正の抜歯から装着までの流れは?(渋谷F&B矯正歯科)
- 抜歯のタイミングを間違えると矯正が遅れる?正しい流れと注意点(難波矯正歯科)
- 矯正の奇数抜歯(1本・3本)|適応症と正中線コントロール(まきの歯列矯正クリニック)
- インビザライン【抜歯症例】の失敗例(まきの歯列矯正クリニック)
- インビザライン矯正で抜歯が必要な症例と抜歯不要な症例(dental health care)

